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道路貨物運送業の「事業等のリスク開示」に関する特徴・変化

 

2019/8/7 高市幸男

 

 「開示された事業等のリスクに価値はあるか?」では、その内容及び情報価値に疑問があると結論した。しかし、本稿では性善説に基づいて、開示されたリスクが正確なものと仮定して、集計・分析を試みる。なぜなら、各企業が自由に選択・開示できる状況下にあって、掲げられるリスクに、何らかの傾向があるのか、ないのかを調べるのも、意味があると思われるからである。第1号として「道路貨物運送業のリスク top6」を掲載した。本稿は第2号であり、重要度、企業規模と年代による特徴、変化について分析する。

 

1、集計対象

 集計対象は、道路貨物運送業の有価証券報告書、2018年度40社、2012年度36社である。(日本通運、日本郵政、ヤマトHD、日立物流、セイノーHD、など以下省略)。

 2012年度を選んだ理由は、2011年の東日本大震災によって物流リスクに対する認識が大きく深まったこと、企業倒産件数の推移を見るに、全産業ではリーマンショック後のピークから減少一途であるにも関わらず、運輸業は2012年に一度だけ増加しており、この特異な動きは事業等リスクの開示にも何らかの変化があったものと思われるからである。

 

2、掲載順による重要度の認識

 「事業等リスクの開示」は、重要と思われるリスクから順に掲載されるものと思われる。しかし、同分析の多くは、リスク名と掲載件数に注目しており、その掲載順位を特に重視していない。

本稿では、掲載の順序が早いものに高ポイント、順序が遅いものに低ポイントを付与し、各リスクのポイント合計によって、企業が認識しているリスクの重要度を調べた。

2018年度の回答数(回答率)によるリスク名のベスト6は、①法規制(85.0%)、②燃料価格の高騰(85.0%)、③自然災害(80.0%)、④重大な交通事故・違反(70.0%)、⑤情報の漏えい(67.5%)、⑥システム障害(50.0%)であった。

掲載順による重要度の認識では①法規制、②環境対策、③経済情勢・景気変動、④燃料価格の高騰、⑤自然災害、⑥重大な交通事故・違反、となった。経済情勢・景気変動は、回答率では10位(40.0%)であるが、重要度では6位に上がっている。

リスクの種類で重要度を見ると 1位は取引・信用リスク、2位法的リスク、3位経済・景気動向リスクとなる。リスク名のベスト6には回答率・重要度共に出てこなかった取引・信用リスクが1位にある。これは、取引・信用リスクは各企業によって区々であることから、個別のリスク名では同一回答が少なくても、種類が多いため、リスクの合計である種類別では回答数が多くなるためである。

 

3、規模による特徴

 2018年度の集計対象企業を売上1,000億円以上と1,000億未満で集計した。

 売上1,000億以上企業の重要度でみたリスク名は ①経済情勢・景気変動、②法規制、③環境対策、④燃料価格の高騰、⑤自然災害、⑥海外情勢・カントリーリスク、対して1,000億未満の企業は、①法規制、②環境対策、③燃料価格の高騰、④失注・取引停止・契約解除、⑤自然災害、⑥取引先の集中、となった。

 1,000億円以上の企業が強固な取引基盤を形成し、取引上の立場も優位にあることから、失注・取引停止・契約解除は24位と低位にある。一方、1,000億円未満の企業は取引基盤がまだ脆弱で、取引上の立場も優位とは言えない企業があるため4位に掲げている。同じく取引先の集中は、1,000億以上が25位であるものが、1,000億未満は6位と、営業基盤に関するリスクの認識に大きな違いがあることを示している。

 リスク種類の重要度を見ても、1,000億以上が ①経済・景気動向リスク、②法的リスク、③取引・信用リスク、に対して1,000億未満は ①取引信用リスク、②法的リスク、③経済・景気動向リスク と同じ傾向が表れている。

 

4、年度による特徴・変化

 2012年度の回答数(回答率)によるリスク名のベスト6は、①法規制(82.4%)、②燃料価格の高騰(79.4%)、③自然災害(70.6%)、④環境対策(67.6%)、⑤重大な交通事故・違反(64.7%)、⑥訴訟・係争・損害賠償(52.9%)であった。よって2018年度には、①、② ③の順位は変化なし、④は環境対策から重大な交通事故・違反に代わり、⑤は重大な交通事故・違反に代わり情報の漏えいが入った、⑥は訴訟・係争・損害賠償からシステム障害に代わった。近年、個人情報や顧客情報の漏えいで社会的批判を浴びる企業が多く発生しており、斯業に於いても、業務柄多くの個人情報、顧客情報をコンピュータで管理していることから、情報の漏えいとシステム障害のリスクに対する認識が高まったものと見られる。

2012年度の掲載順による重要度の認識では、①法規制、②環境対策、③燃料価格の高騰、④経済情勢・景気変動、⑤自然災害、⑥重大な交通事故・違反であった。よって2018年度は③と④が入れ替わっただけで、それ以外に変化はなかった。

2012年度のリスクの種類を重要度で見ると、1位は法的リスク、2位取引・信用リスク、3位経済・景気動向リスクであり、2018年度は1位と2位が入れ替わっている。

法的リスクは、法的な違反をすると業務停止命令を受けるなど業務上、信用上極めて大きなダメージを受けることから、重要なリスクである事が明確である。しかし、法律・規則を守る事は、企業維持、業務遂行上絶対必要なことであり、遵守することが当たり前であるとの認識が定着し、リスクとして開示する姿勢に変化が現れたものと見られる。

 

以上、有価証券報告書の「事業等のリスクの開示」は、個別企業では一般的・抽象的なリスクの羅列や、過去の掲載を変更しない、問題が発生しても変更しない、などの問題点が見られ、その有益性が疑問視されている。しかし、特定業種(本件では道路貨物運送業)で集計した場合、規模による違いや年度による変化が見られ、有益な情報を提供していると言える。

以上

 

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